作品について
- 年間100校以上で講演するプロのバスケットパフォーマー
中学では活躍したが、高校で試合に出られず挫折した。
試合に出られなかった原因は、言われたことしかできず主体性がなかったこと。
バスケの夢を諦め、高校時代に興味を持った化学研究職を目指すようになった。
当時は安定した会社に勤めればよいと考えていた。経済的な事情から私立大学は選ばず、国公立大学を目指した。
大学時代、バスケットパフォーマーの活動を知り、自分が輝ける道だと感じて始めた。
研究職への関心が薄れ、安定収入を得ながらパフォーマー活動を続けることを目指すようになった。地元の東北で就職先を探した。
卒業後は銀行員として働いたが、仕事に馴染めず、多忙な業務に疑問を抱いた。
パフォーマー活動をもっと続けたいという思いが強まり、退職するかどうか悩んだ。
退職し、パフォーマー活動を仕事にする道を選んだ。周囲からは安定した会社を辞めることへの多くの声があったが、退職は正解だった。



